クルムシュンデリ通信

前略 クルムシュンデリ殿  

  

きみに勧められた伊丹十三ってやつは、名前からして気障ったらしく、どうせワンランク上の百貨店みたいな野郎でしかないと考えていたのだが、そうではなかった。しかめっ面した芸術家気取りかと思っていたら、そうではなかった。『再び女たちよ!』この本との出会いはちょっとした事件かもしれない、教務の合間にこっそりと読み進めながら、何度もそう思ったよ。  

  

伊丹十三っていうのは、何者なんだろうか。いま、彼の名前をグーグルに教えてもらいたい誘惑にかられているが、そんなことをすれば後悔するとわかりきっているので、どうにか耐えている。そんなことをすれば、つい調子にのって、彼の代表作はなにとか、観るべき映画はこれとか、誰にどう評価されけなされ、いつまで生きていつ死んだ、そういうことばかり記憶に残り、この読後の余韻が薄れてしまうような気がして。  

  

さて、無人島に行かされることになり「何かひとつだけ持っていっていいよ」と言われたら、それなりにかしこい人たちは、釣り竿とかテントとか、鍋、ナイフ、火起こし道具、小型のラジオ、そんな類のものを選ぶと思うのだが、この伊丹十三ってやつだけは、綺麗な青色のネクタイとか、祖母からもらったオルゴールとか、そういう非実用的なものを選ぶんじゃないかな。きっとね。 

 

 かつて誰かが「芸術とは本質的に非実用であり且つ美しいもの」と定義づけたが、だとすればこの本は、紛れもなく芸術だよ。一体にどうして、これまで読んでこなかったんだろう。  

 

以上、取り急ぎ感謝の念をと思いきや、長々と書いてしまった。返事は結構、失礼 敬