ポップコーン売りのラララ

    夢を見る。ここにきてから、ほとんど毎日夢を見る。たいていはよくない夢だけれど、ときどき楽しい夢も見る。

    昨日見た夢のなかで、ぼくはある病室を訪れていた。そこは日当たりのいい部屋で、窓からは暖かな春らしい匂いが入りこんできていた。ベッドが六つあり、それぞれにパリッとした白いシーツがかかっている。そのうちの一つに彼女が寝ていた。いや、寝ていたというのは正しくない。寝転がっていた、というのが正しい。つまり眠ってはいなかったということだ。ぼくが仕切りカーテンをゆっくり開けると、「やあ」と言いたげな顔をして片手を挙げ、まぶたをこすった。

    ぼくはベッドの隅に腰かけた。彼女は来日したばかりのブラジル人みたく身振り手振りを交えて話をした。15分間で172個の単語を発し、紙皿に乗ったカットレモンを3つ食べた。ぼくは彼女の話の内容は聞かずに発せられた単語の数だけを数え、カットレモンを3つか、4つ食べた。
「ねえ、聞いてるの?」彼女の声は幼い。
「聞いてるよ」
「じゃあわたしがなんの話をしていたか言ってみて」
「まず」ぼくは鼻をすする。「スカイダイビングをしながらポップコーンを食べてみたいって話」
「そんなの、味によるわ」
「キャラメル」
「それもわるくないけど、半分は塩味がいいな。甘いのだけだと飽きちゃうもの」
「じゃあ半分は塩味にしよう。それとだね、ポップコーン売りは嘘つきだって話もしていたよ」
「なにそれ、覚えてない。それほんとなの?ポップコーン売りの人は嘘つきなの?」
「嘘つきだよ。ポップコーン売りの人たちは例外なくみんな嘘つきなんだ」
「どうして?」
「さあね。理由なんてないよ。ブラジル人はみんなサッカーがうまいだろ。日本人はみんなおはぎが好きだろ。イタリア人は休暇のことで頭がいっぱい。それと同じさ。ポップコーン売りという人種はみんな嘘つきなのさ」ぼくは5つ目のカットレモンを口にした。

    二秒ほど目を離した瞬間に、彼女はどこかへ行ってしまった。ベッドには誰もいない。廊下をサンダルで走る音がした。へんな音だった。おもちゃの太鼓みたいな音だった。きっとポップコーンを買いに行ったのだろう。
    ぼくはベッドに寝転がり、待った。天井を眺めているとくすくす笑いだしそうになった。あと15分もすれば彼女は戻ってくる。両手に大量のポップコーンを抱え、ラララと歌いながら。 。嘘つきだろうと殺人鬼だろうと、彼女はそんなことちっとも気にしない。
    風が吹いた。それはもうほとんど春だった。